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『海の沈黙』
『Le Silence de la mer』
(1947)

スタッフ キャスト レビュー あらすじ

スタッフ
製作: O.G.C. Organisation Generale Cinematographique
同: メルヴィル・プロ Melville-Productions
製作代表: ジャン=ピエール・メルヴィル Jean-Pierre Melville
製作主任: マルセル・カルティエ Marcel Cartier
原作: ヴェルコール(Vercors)の同名小説 (1942年、ミニュイ刊)
監督・脚本・台詞・編集: ジャン=ピエール・メルヴィル Jean-Pierre Melville
助監督: ジャック・ギモン Jacques Guymont
同: ミシェル・ドラシュ Michel Drach
撮影監督・編集: アンリ・ドカ Henri Decae
録音: ジャック・カレール Jacques Carrère
電気技師: マゴ Magot
音楽: エドガー・ビショフ Edgar Bischoff
音楽監督: ポール・ボノー Paul Bonneau
映画冒頭のエピグラフ: “Ce film n'a pas la pretention d'apporter une solution au problème des relations entre la France et l'Allemagne, probleme qui se posera aussi longtemps que les crimes de la Barbarie nazie, perpétrés avec la complicité du peuple allemand, resteront dans la mémoire des hommes...”

“残忍なナチス・ドイツの犯した犯罪が、人々の記憶からぬぐい去られない限り、この映画は仏独関係の改善に寄与しない”



キャスト
ヴェルナー・フォン・イーブルナック Werner von Ebrennac: ハワード・ヴェルノン Howard Vernon
姪 le nièce: ニコル・ステファーヌ Nicole Stéphane
伯父 l'oncle: ジャン=マリ・ロバン Jean-Marie Robain
ヴェルナーの婚約者 la fiancée allemande: アミ・アロー Ami Aaröe
ヴェルナーの友人の将校 officier S.S.: ドニ・サディエ Denis Sadier
従卒: ジュルジュ・パトリ Georges Patrix
ドイツ軍将校: ハイム Heim
同: マックス・フロム Max Fromm
同: ロジェ・ルデール Roger Rudelle
同: クロード・ヴェルニエ Claude Vernier
同: マックス・ヘルマン Max Hermann
同: シュミーデル Schmiedel
その他の出演: アンリ・カヴァリエ Henri Cavalier、ディートリッヒ・カンドレ Dietrich Kandler

モノクロ 35mm
86分。配給 = パンテオン(ピエール・ブロンベルジェ Pierre Braunberger)
1947年8月から12月まで、パリ、パリ郊外、ヴェルコールの別荘にて撮影。
非公式初上映 = 1948年11月11日。パリ公式公開 = 1949年4月22日。
レジスタンス活動委員会主催プレミア上映 = 1949年1月20日。
2008年国内初公開。国内DVD、VHSビデオレンタルなし。海外盤DVDあり。DVD情報はこちら

なお、スタッフやキャスト等のデータに関しましては、主に「サムライ」(ルイ・ノゲイラ著、井上真希訳、晶文社刊)、「キネマ旬報 1973 616」(シネ・ブラボー ジャン=ピエール・メルヴィル追悼(1)山田宏一)、「Jean-Pierre Melville/An American in Paris」(Ginette Vincendeau著)の3冊を参考とさせていただいております。
また、スタッフの役職名等、映画本編のエンドクレジットとは多少表記が異なると思われる部分もございます。

スタッフ キャスト レビュー あらすじ



レビュー
ジャン=ピエール・メルヴィル監督の長編第1作となった記念すべき作品。
原作は、ヴェルコール作のレジスタンス文学の名作『海の沈黙』。(BOOKSの紹介記事
この書物は、フランスがナチス・ドイツの占領下にあった1942年に刊行された、ドイツ占領下の抵抗文学を象徴する「深夜叢書」の記念すべき第1作だとのことです。

自身レジスタンス活動家であったメルヴィルは、戦時中からこの原作本を読んでおり、自身の最初の監督作品には是非『海の沈黙』を、という強い思いを持っていました。
同じく、映画化を考えていたルイ・ジューヴェ(言うまでもなくフランスの名優)との映画化権争いには辛うじて勝利したものの、肝心の原作者ヴェルコール本人がこの作品の映画化に猛反対したため、自主制作という形での製作スタイルを取らざるをえなくなります。

この撮影の前、彼は自らのプロダクションを作ってはいましたが、どの映画会社にも、また監督の組合等にも所属していなかったため、ほとんど役に立たなかったといいます。
つまり、この作品は、当時の映画製作システムの完全なる枠外で撮影された作品なのです。
さらに、映画完成後には、ヴェルコールが人選したレジスタンス活動家の審査委員会に見せ、もし一人でも公開に反対がいた場合はネガを焼却するという約束まで交わしていたのです。

結果、この映画の撮影は、低予算、ロケ撮影、少人数のスタッフ、たった27日間の撮影という、八方塞りのような状況の中で進行することになります。
当然、金銭的な援助もほとんどなかったため、予算も限られており、メルヴィルは闇市で古いフィルムを買って、それを撮影に使ったとも言われています。
結果、メルヴィルは、監督・製作・脚本・編集に至るまで、ほとんどの作業を一人でこなすことになります。

後々、このような映画製作のスタイルが“ヌーヴェル・ヴァーグ”という形で花開き、その結果、メルヴィルは“ヌーヴェル・ヴァーグの父”という担がれ方をされるようになりますが、 この状況はメルヴィルがあえて望んでいたことではなく、そうせざるをえなかったというのが実情なのです。

映画はこのような紆余曲折を経ながら完成します。

ヴェルコールが人選したレジスタンス活動家の審査委員会も、全員が公開に賛成しました。
公開にあたっても、各方面からさまざまな妨害があったと言われますが、後には、パリの大きなロードショー館でも公開されるようになり、結果、新人映画監督ジャン=ピエール・メルヴィルは、この作品で高く評価されることになりました。

そして、前記のようなあらゆる困難を乗り越えて、この作品を撮り終えたジャン=ピエール・メルヴィルという当時30歳の若者の映画にかける情熱と勇気に対し、多くの人々が心を打たれたのではないでしょうか。
この映画を観て、メルヴィルの才能に驚嘆したジャン・コクトーは、それまで誰にも映画化を認めていなかった自作『恐るべき子供たち』の監督をメルヴィルに依頼することになります。

また、あのジャン・ルノワールもこの映画を観て、友人だったジャック・ベッケルに対し、「『海の沈黙』はこの十五年来見た映画のなかでいちばん申し分ない」と語ったとのことです。(『サムライ―ジャン=ピエール・メルヴィルの映画人生』ルイ・ノゲイラ著、井上真希訳 晶文社刊 より)
作家アンドレ・ジイドもこの映画を観たらしいのですが、観終わった後のセリフが振るっています・・・「あの若い娘は馬鹿だ。平手打ちものだと思う!」(『サムライ』より)
それだけ、かの大作家もこの映画に魅入られたということでしょうか…。

実際、現在この作品を観ても、台詞の少なさ、光と影の対比を利用した撮影方法、全体を貫く緊張感に満ちた演出法、音楽と演技の融合性など、処女作にして、すでに独自の作家スタイルを確立しているのに驚かされます。
また、ある種の戦争映画であるにもかかわらず、これほど動きのない映画も少ないのではないでしょうか。
ちなみに、映画の舞台となった家は、ヴェルコールが旅行中に空き家になっていた家で、そこをあえて使うところに、メルヴィルの強いこだわりを感じます。



登場人物も極めて少ない映画ですが、キャストも素晴らしい。

特に、伯父役のジャン=マリ・ロバンは、当時の素顔を写真で見る限り、実際はかなり若い人に見えますが(撮影時なんと34歳!)、パイプの咥え方も堂に入っていて、この難役を見事にこなしています。
姪役のニコル・ステファーヌ、ドイツ将校・ヴェルナー・フォン・イーブルナック役のハワード・ヴェルノンも好演。
ハワード・ヴェルノンは個性的な風貌が大変印象的な俳優で、実際ドイツ人の血が混じっているらしく、ドイツ将校役として全く違和感がありません。
特に、バッハのオルガン曲を弾くシーンは強く印象に残りました。

ちなみに、後に盟友となったキャメラマン、アンリ・ドカ(ドカエ)との出会いもこの作品。
もともと別のキャメラマンとクランクインしており、実際いくつかのシーンをそのキャメラマンで撮影していましたが、メルヴィルと上手くいかず、紆余曲折の結果、ドカに変更されます。
メルヴィルとドカの二人はとても気が合い、結局、撮影、編集、ダビング、整音などすべての行動を共にしたとのことです。

しかし、これほどの作品が未だに国内でビデオ化もDVD化もされず、現在日本国内でほぼ視聴不可能であるということは残念としか言いようがありません。(2008年、映画祭『フランス映画の秘宝』にて国内初公開、海外では2007年英Masters of CinemaからDVD化されました)
テレビ放送は、過去一度だけWOWOWで放送されただけのようです。
せめて、NHK-BSあたりで放送されれば、もう少しこの作品の知名度も上がり、メルヴィルの再評価にもつながると思うのですが・・・。

スタッフ キャスト レビュー あらすじ



あらすじ
登場人物である“伯父”のナレーションにて物語は語られる。

ナチス・ドイツ占領下のフランス、1941年の冬。
とある村の一軒家では、年配の伯父と、その姪が二人きりで静かに暮らしていた。
そこにドイツ軍が空き部屋を探しにやってきて、荷物だけ置いて去ってゆく。

それから数日後の夜、一人のドイツ軍青年将校が現れ、2階の部屋を借りにやってくる。
ヴェルナー・フォン・イーブルナックと名乗る将校は、敵国の将校に対して沈黙をもって抵抗の態度を示す伯父と姪の二人に対して、「私は祖国を愛する人を尊敬している」と礼儀正しく同情の態度を示す。
将校は、戦地で片足を負傷していた。



伯父と姪は夜9時ぐらいになると、1階の暖炉のある居間で、伯父はコーヒーを飲み、姪は編み物をするのが日課となっていたが、以来、その時間になると、将校は毎晩のように居間に現れ、身の上話をしてゆくようになる。
初めは軍服姿だったが、それが二人に威圧感を与えると思ったのか、次第に私服に着替えて二人の前に現れるようになる。

実は作曲家で、父の影響で子供の頃からフランスに憧れを抱いていたという将校は、穏やかな話しぶりでフランスの精神と文化を讃え、この戦争は、独仏両国にとって幸福な関係をもたらすものだとの持論を展開する。
「太陽がヨーロッパ全土を照らすのです」
が、伯父と姪は、それに対してあくまでも沈黙で応えるのだった。

その後も、将校は、多くの優れた文学者を輩出したフランスと、同じく多くの優れた音楽家を排出したドイツの話、また、フランスの民話『美女と野獣』の話、バッハの音楽の話、シャルトル大聖堂を攻撃した話、元フィアンセと破談になったエピソード、『マクベス』の物語など、さまざまな話を連日のように話すが、話の内容はどれもドイツとフランスの融合を願い、同時に自らを目の前の二人に受け入れてもらうことを願っているかのようだった。

将校は次第に、姪に対して恋心にも似た視線を投げかけるようになり、姪も将校に対して密かに好意を抱くようになるが、それは決して態度に現れることはない。

春になり、パリへの2週間の休暇が許された将校は、以前から憧れていたパリの名所、建造物をつぶさに観光して歩く。
その後、休暇を終え、以前の家へと戻った将校だが、伯父と姪の前にはなぜか姿を現さなくなる。
伯父と姪は、そのことに何かを感じつつ、話題にすることはなかった。

ある日、用あって町のドイツ軍司令部へと赴いた伯父は、そこでたまたま将校と出くわすが、将校は会釈で応えるのみだった。



その数日後、ついに将校が緊張した面持ちで二人の前に現れ、この半年間にこの部屋で自分が話したことはすべて忘れて欲しいと切り出し、パリ滞在中にあった出来事を物語る。

将校はパリ滞在中、パリのナチス本部において、旧友から、強制収容所での大量虐殺の話を聞かされ、他の将校たちとサロンで議論になった際には、周囲の全員からフランスと融和するなどバカバカしい幼稚な考えで、ドイツはこの戦争でフランスを精神から叩き潰すのだとの考えを聞かされる。
「ドイツ帝国建設のための(フランスの)破壊であり、それこそが我々の義務、権利だ」

ドイツとフランスの融和、結合という持論に絶望を覚えた将校は、前線への転属願いを受理され、明日にはこの家を離れ、戦地へと赴くことになったのだという。
「ナチスは太陽になりえません」
将校に対して、それまで一切言葉を交わさずに沈黙で応えていた姪は、一言「アデュー(さようなら)」と言葉を返す。

翌朝、将校は家を後にする前に、アナトール・フランスの“犯罪的な命令に従わぬ勇気は素晴らしい”という言葉を目にする。
それは、伯父が、戦地へと立つ将校を思い止まらせようとして用意したものだったが、将校は戦地へと発ってゆく。
その日も普段通り朝食を取る伯父と姪だったが、窓の外では、“もや”を通して太陽が弱々しく輝いていた…。




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